近年は、お中元やお歳暮に加えクリスマス、バレンタインデー、ハロウィンなど行事の由来がいま一つ生活に結びつかないものまで含めると、様変わりしながらも一年を通して贈り物をする機会がたびたびある。贈り物は生活にゆとりを感じさせてくれる。お世話になった方へのご挨拶のほかに、たとえば普段はなかなか会えない友人や知人へ、お盆と暮れには品物を贈るということで近況うかがいの代わりにもなり、旧交を温めることにもなると思うのである。なによりも贈る相手の顔を思い浮かべながら今年は何を贈ろうかと考える時間が、隔たった距離を埋めるのではないだろうか。久しく会わない人にも、その気持ちが品物以上に伝わると思う。また企業間などでは虚礼廃止を勧めているが、個人でも世間体を気にするだけの行為であればしない方がよいと思う。虚礼がいけないというのはとりたてて今風の現代的な考え方というわけでもなく実は、六百五十年前、南北朝時代の書『花園院宸記』の中に同様の記述が見える。人がするから自分もするという形骸化したものなら意味がないというのは人づきあいで当然のこと。単純に古くさい習慣だから今はいらないというわけではない。古いものの由来を知って改めて行うのは、生活にめりはりができて新鮮ではないかと思う。そして贈答によって生活に彩りを添えられると、贈る側も贈られる側も双方にとって楽しい行事となる。